CHOIR

2012年04月17日

悲しむものは幸いである。

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◆デイリーブレッド by アンドレ・レイノルズ
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悲しむ人々は幸いである、その人たちは慰められている。 マタイ5:4
Blessed are those who mourn, for they will be comforted Matthew 5:4

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これは イエスが山の上で語られた‘八福の教え’の2番目です。ここでイエスは、悲しむものは祝福を受ける、そして幸福につながると教えています。
(英語聖書には’悲しむ’はmournが使われています。意味は死や喪失に対して深く悲しむ、追悼するです)

私たちはみなそれぞれの喪失の体験をもっています。愛する人を失う経験をされた方もいるでしょう、また大切にしていたペットかもしれません。また仕事、キャリア、友人、様々な喪失の体験があることでしょう。
私たちはこのような出来事を通して深い悲しみと嘆きの時を体験します。
イエスは山の上で、そのような悲しみの時や喪失の体験の中にあっても、慰められ、勇気づけられ、喜びを見出すことができると教えられました。

その慰め、はどこから来るのでしょうか?
私たちは失った人(また他の物、ペットなど)の思い出を追体験することにより慰められることがあるでしょう。
あるいは、友人や家族のやさしい微笑みに慰められることもあります。
そして神の言葉によって、また死が決して’終わり’ではなく葬られたその先にも命は続くと知ることによって大いに慰められます。

イエスはおっしゃいました。「心を騒がせるな。・・・・行ってあなた方のために場所を用意したら、戻って来て、あなた方をわたしのもとに迎える。こうしてわたしのいる所にあなた方もいることになる。」ヨハネ14章1−3
私たちの究極の慰めは、この事実からやってきます。
いつか私たちは主なる神とともに住まうことになり、神ご自身が私たちの涙をぬぐって下さるというその事実です。私たちは主イエスに顔と顔を見合わせ、会うことになるのです。そしてすべての謎に対する答えを理解するのです。

私の好きな曲にこんなものがあります。"When we all get to heaven, what a day of rejoicing it will be, when we all see Jesus, we'll sing and shout the victory".(私たちが天に集うとき、それはなんという喜びの時でしょう。私たちが主イエスにお会いするとき、私たちは勝利を叫び、歌うでしょう。)
(アンドレ・レイノルズ)